歯科医院を経営していると、毎月の給与支払いが経費の大半を占めていると感じる場面は多い。スタッフを増やせば患者対応は手厚くなるが、売上が伴わなければ赤字に傾く。逆に人を減らしすぎると現場が回らず、離職や患者満足度の低下を招く。
人件費率は歯科医院の収益構造を映す鏡であり、適正値を知ることは経営判断の出発点になる。ここでは業界データをもとに人件費率の目安を示し、どのような配置と仕組みが生産性を高めるのかを整理する。
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厚生労働省の医療経済実態調査によれば、個人立歯科診療所の給与費比率は約50%、医療法人立では約45%とされている。この数字は保険診療中心の医院を含む全体平均なので、自費診療比率が高い医院ではもう少し低く抑えられている場合もある。
人件費には院長報酬を含めるかどうかで解釈が変わる。院長報酬を除いたスタッフ給与だけを見る場合、個人立で30〜40%、法人立で35〜45%程度が実務上の目安といえる。
売上が月500万円の医院であれば、スタッフ人件費は150〜200万円の範囲に収めるのが一般的だ。これを超えると他の経費や設備投資に回せる余裕が減り、経営の自由度が下がる。
自費率が高いと人件費率は下がりやすい
保険診療は点数が決まっており、どれだけ患者を診ても単価の上限がある。一方で自費診療はセラミック治療やインプラント、矯正など単価が高く、同じ診療時間でも売上が大きく伸びる。
船井総研のデータでは、自費率が20%を超える医院の平均年商は約6,000万円、自費率14%前後の医院は約4,500万円とされている。売上が増えれば、人件費の絶対額は上がっても比率は下がる。結果として自費診療に力を入れている医院ほど人件費率は低く抑えられる傾向にある。
開業年数と規模による違い
開業直後は患者数が少なく、売上に対してスタッフ人件費の比率が高くなりやすい。開業1年目は人件費率60%を超えることも珍しくない。3年目以降、患者が定着してくると50%前後に落ち着く医院が多い。
ユニット数が3台以下の小規模医院では、院長1人と歯科衛生士1〜2人、受付兼助手1人の体制が基本になる。ユニット5台以上の医院では常勤換算で5〜8人のスタッフを抱えることになり、人件費の管理がより重要になる。
人件費率が高すぎる医院に共通する問題
人件費率が60%を超えている医院では、いくつかの構造的な問題が重なっている場合が多い。
スタッフの役割分担が曖昧
受付が診療補助に入り、衛生士が器具洗浄を担当し、助手が予約管理をする。全員が何でもやる体制は一見効率的に見えるが、実際には誰が何を責任を持つのか不明確になり、業務が属人化する。
結果として特定のスタッフに負荷が集中し、休みが取れず離職につながる。補充で新人を雇うと教育コストがかかり、さらに人件費が膨らむ悪循環に陥る。
予約枠の設計が収益を考慮していない
30分単位で予約を入れているが、実際の診療は15分で終わる患者もいれば1時間かかる処置もある。枠が埋まっているように見えても、売上に直結する自費診療の枠が少なく、メンテナンスや初診ばかりが続いていると、スタッフは忙しいのに売上が伸びない状態になる。
予約管理は受付の裁量に任されがちだが、どの時間帯にどの治療を入れるかは収益を左右する。院長が診療に集中しすぎてスケジュール設計に関与しないと、人件費率は上がりやすい。
自費診療の提案が標準化されていない
スタッフによって自費診療の説明内容が異なると、患者は不安を感じ、保険診療を選びがちになる。カウンセリングの流れ、資料、トークスクリプトが整備されていない医院では、自費率が伸びず人件費率だけが高止まりする。
適正な人件費率に近づけるための配置の考え方
人件費率を下げるために単純にスタッフを減らすと、現場が回らなくなり患者満足度が下がる。目指すべきは「少ない人数で高い売上を作る」ではなく、「適正な人数で生産性の高い配置を実現する」ことだ。
歯科衛生士の稼働率を最大化する
歯科衛生士は国家資格を持ち、給与水準も高い。その分、メンテナンスやスケーリングを任せることで院長の診療時間を自費治療に集中させることができる。
衛生士1人が1日6〜8人のメンテナンスを担当し、1人あたり5,000〜8,000円の売上を生むとすれば、月20日稼働で60〜128万円の売上を作れる。この数字が衛生士の給与を上回っていれば、配置は適正といえる。
逆に衛生士が器具の準備や受付業務に時間を取られていると、本来の生産性を発揮できない。業務の切り分けが配置の前提になる。
受付と助手の役割を分離する
受付は予約管理、会計、電話対応、カルテ入力といった業務を担う。助手は診療補助、器具準備、滅菌、在庫管理を受け持つ。この線引きを明確にすることで、それぞれが自分の業務に集中でき、ミスや待ち時間が減る。
小規模医院では1人が兼務することもあるが、ユニット3台以上になったら分離を検討する時期といえる。兼務のまま患者数が増えると、どちらの業務も中途半端になり、スタッフの負担だけが増す。
非常勤やパートの活用
常勤スタッフを増やすと社会保険料の負担も増える。曜日や時間帯によって患者数に波がある場合、混雑する曜日だけパートの助手や衛生士を入れることで、人件費の固定化を防げる。
ただしパートが増えすぎると情報共有が難しくなり、教育コストもかさむ。週3日以上入れる準常勤のスタッフを軸にし、繁忙日だけ短時間パートで補う形が現実的だ。
売上を伸ばすことで人件費率を下げる視点
人件費率は分母である売上が増えれば自然と下がる。スタッフのモチベーションを保ちながら収益を改善するには、売上を伸ばす施策に目を向ける方が健全だ。
自費診療の比率を引き上げる
保険診療の売上を月300万円から400万円に伸ばすには患者数を1.3倍にする必要があり、スタッフの負担も増える。一方で自費診療を月50万円から100万円に伸ばすには、月に数件の成約を増やせばよい。
カウンセリングルームの設置、治療計画書のテンプレート化、分割払いの案内フローの整備といった仕組みを作ることで、スタッフ全員が自費提案に関われる体制を作る。自費率が5%上がれば、人件費率は2〜3%下がることも珍しくない。
Web集客で新患を安定させる
新患が月10人の医院と30人の医院では、半年後の売上に大きな差が出る。紹介だけに頼ると波があり、スタッフの稼働率も不安定になる。
ホームページのSEO対策、Googleビジネスプロフィールの最適化、Web予約の導入といった施策は、初期費用こそかかるが一度整えれば継続的に新患を呼び込める。広告費を売上の3〜5%に抑えつつ、新患1人あたりの獲得コストを5,000円以内に収めることができれば、人件費率を圧迫せずに売上を底上げできる。
リコール率を高めてメンテナンス売上を増やす
治療が終わった患者のうち、3か月後に再来院する割合がリコール率だ。この数字が30%と70%では、メンテナンスの売上が倍以上変わる。
リコールはがき、LINE配信、電話でのリマインドといった仕組みを整え、衛生士が患者ごとに次回予約を取る習慣をつけるだけで、リコール率は10〜20%改善する医院もある。メンテナンス患者が増えれば、衛生士の稼働率も上がり人件費率は下がる。
人件費率を定期的にモニタリングする習慣
人件費率は毎月変動する。ボーナス月は跳ね上がるし、自費診療が多く入った月は下がる。単月の数字だけで判断すると誤った対策を打ちかねない。
3か月平均で見る
月ごとのブレを吸収するため、直近3か月の平均を取る。売上の合計額をスタッフ人件費の合計額で割り、その比率が50%を超えているか、40%台に収まっているかを確認する。
3か月連続で55%を超えているなら、配置か業務フローの見直しが必要なサインといえる。逆に35%を下回っているなら、スタッフの負担が過大になっていないか、離職リスクが高まっていないかを疑う。
スタッフ1人あたりの売上を算出する
売上をスタッフ数で割った数字が、1人あたりの生産性を示す。常勤換算で5人のスタッフがいて月500万円の売上なら、1人あたり100万円だ。
この数字が80万円を下回ると、配置に無駄がある可能性が高い。120万円を超えていれば、スタッフは効率よく稼働しているといえる。ただし負担が大きすぎると燃え尽きるリスクもあるため、労働時間や休暇取得状況とセットで見る必要がある。
給与体系を透明にする
スタッフに対して「売上が伸びれば給与も上がる」という仕組みを明示することで、自費提案やリコール活動へのモチベーションが高まる。インセンティブ制度を導入している医院では、自費率が月ごとに1〜2%改善するケースもある。
ただし制度設計を誤ると、無理な営業や患者との信頼関係の毀損を招く。達成可能な目標設定と、チーム全体での成果を評価する仕組みが必要だ。
人件費率の適正化は経営の持続可能性を高める
人件費率が高すぎると、設備投資や広告、スタッフ教育に回す資金が不足し、医院の成長が止まる。逆に低すぎると、スタッフの離職や患者対応の質の低下を招き、長期的には売上を失う。
個人立で50%前後、法人立で45%前後を目安にしながら、自院の自費率や診療スタイルに合わせて微調整していく。配置の見直し、業務の標準化、売上を伸ばす仕組みづくりを並行して進めることで、スタッフと医院の双方が持続的に成長できる体制が整う。